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物語

京生まれの永吉と深川育ちのおふみ ふたりで作った京やの豆腐
大きさ、固さは違うけど 味と香りで真っ向勝負
誰よりもどこよりも 愛しくて、優しくて、暖かい・・・

深川蛤町、夏。

深川蛤町、夏。さまざまな店が軒を連ねる大通りを少し入ると、三軒長屋が四棟、井戸の周りを取り囲むようにして建っている。子沢山の職人が多く暮らすどこにでもある裏店だった。その井戸端で汲み上げたばかりの釣瓶の中の水をじっと見つめている旅姿の男がいた。京の南禅寺そばの由緒ある豆腐屋で修行し、江戸で店を持つためにやってきた永吉だった。その水を美味しそうに飲み干し、目を閉じて吟味する永吉。「この辺りの井戸はみんな塩辛くって飲めたもんじゃないけど、この水はおいしいって評判なんだから」。近くに住む桶屋の娘おふみが微笑みながら立っていた。慌てて自己紹介する永吉とおふみ。なぜかお互い心ひかれるものを感じていた。



「江戸の豆腐、大っきいとは聞いてたけど大っきさも値もうちの豆腐の四つ分はあるわ。ほんでまた・・・固い」

「江戸の豆腐、大っきいとは聞いてたけど大っきさも値もうちの豆腐の四つ分はあるわ。ほんでまた・・・固い」。おふみの父、源治の計らいで同じ長屋に落ち着いた永吉だが、京の柔らかな豆腐が江戸の人たちの口に合うか不安は尽きなかった。腰高障子に真新しく“京や”と書かれた店開きの日は、長屋中の人が鍋や器を手に集まってくれたが、翌日から早くも不安が的中してしまった。腰のある木綿豆腐に慣れていた人たちには、やはり合わなかったのだ。水桶に売れ残った豆腐を前に考え込む永吉をおふみは明るく勇気付ける。「時間がかかるかもしれないけど永吉さんのやり方は変えないでね」「ほら、これが大豆の乳や。江戸の豆腐はこの乳が薄いねん」「美味しい。まるで生きてるみたい」。



相州屋夫婦には正吉という子がいたが行方知らずになったままなのだ。夫婦は年恰好の似ている永吉と重ね合わせた。

そんな二人を陰ながら見守る相州屋清兵衛と女房のおしの。永代寺出入りの老舗の豆腐屋だ。実は相州屋夫婦には正吉という子がいたのだが、4歳のとき賑わう永代橋の上で迷子になりそれっきり行方知らずになったままなのだ。夫婦は年恰好の似ている永吉と重ね合わせた。身分を明かさず毎日“京や”から豆腐を買ってくるおしのの話では相変わらず客は来ない様子。そんな時、残った豆腐を永代寺に喜捨をさせてもらいたいと永吉とおふみが訪ねてきた。寺や茶屋、料理屋の多い深川で“京や”の名を売るためだった。「勝手にやんな」冷たく突き放した清兵衛だが、このままでは長くはもたないと永代寺に相州屋の代わりに“京や”の豆腐を仕入れてもらうように願い出るのだった。



十八年後、浅間山の噴火による飢饉や大火が江戸を襲い、人々は不安の中に過ごしていた。

十八年後、浅間山の噴火による飢饉や大火が江戸を襲い、人々は不安の中で過ごしていた。表通りに面した相州屋があった家作に“京や”の屋号が懸かっている。永代寺から居ぬきで借りているのだった。今では永吉とおふみには長男栄太郎、次男悟郎、長女おきみという3人の子がいる。栄太郎には末は店を任せるつもりで外回りをやらせ、悟郎とおきみには豆腐作りを教え込んだ。気がかりなのはおふみの栄太郎への度を越した溺愛ぶりだった。寄り合いと称しての夜遊びのあげく、奪うように金を手にする栄太郎のことは夫婦だけでなく弟妹の仲までおかしくしてしまった。



今夜も霊巌寺の賭場に同業の平田屋に連れられた栄太郎がいた。

今夜も霊巌寺の賭場に同業の平田屋に連れられた栄太郎がいた。ここのところ負けが込んだ栄太郎は平田屋の言うがままに借金の証文を書き加えていた。平田屋には昔からの野望があった。狙いは豆腐屋の命ともいえる井戸だった。「あそこの井戸は、深川、いや江戸一番だ」それを手に入れるためには“京や”を潰すしかない。平田屋の仕掛けた罠はついに賭場を仕切る大親分の傳蔵まで巻き込んでゆく。だが頭髪はもとより毛という毛を剃り匂いを嗅いでいたのを誰も知らない。 



栄太郎を勘当してしまい、抜け殻のようになった永吉が永代寺の西周に呼ばれて出向くと思いもかけない相州屋からの言伝を聞かされた。そして、もし二十年経って正吉が訪ねてこなかったときは渡すようにと言付かっていた土地の権利書を手渡されたのだ。「うちの子らに、店残したれる」一目散に飛び出した永吉の目に栄太郎らしき人影が映ったそのとき、人ごみを蹴散らして侍の乗った早馬がもの凄い勢いで駆けてきた――

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